「ヒッシー、アイツのとこ行かなくていいの?」
「いいんです。っつか死んでもごめんだし」
どうして山口がそんな事を言うのか、菱井には意図が理解できなかったが、小野寺の側に近寄る気は全く無かった。
「そんな事言って。アイツ泣いちゃうかもよ」
「アレがそんなタマだと思います? もう文化祭終わったんだから関わる気無いっす」
小野寺が泣いているところなど菱井の記憶には欠片すら残っておらず、想像すら難しかった。逆に菱井も、小野寺の前で泣き顔を見せた事は殆ど無かったが。
第一、後夜祭の間も仕事をしているらしい小野寺が、菱井が顔を見せなかったぐらいで機嫌を損ねるとも思えないのだが。
それに言ったとおり、この先小野寺と関わる事はそうは無い、と菱井は踏んでいた。小野寺が菱井を呼びつけた大本の理由は、大きな行事で膨らんだ生徒会業務を手伝わせる為だったと思うのだ。ついでにからかったのは「身体で返す」を実行したところ返ってきた反応が面白かったからだろう。菱井には迷惑な話だが。
今夜一晩経てば、生徒会の仕事も平常通りに戻るだろう。菱井の手まで患わせる必要は、無いというわけだ。
(そもそも、郁姉がちゃんと仕事してんのか、未だに疑問なんだよなー……)
小野寺達が女子の誘いを断ってまで後夜祭の進行指揮を執っているというのに。北斗から聞いたが、彼女がミスコン出場を押し切ったため、南斗に司会役が回ってきたらしい。
「おい、菱井」
吹奏楽部の演奏が始まったのに気付き、北斗が菱井に声を掛けた。
「やべー! 女の子捕まえ損ねた!」
「ヒッシー、ナンパする予定だったの? ごめんねぇ邪魔して」
言葉とは裏腹に、郁美はおかしそうにきゃらきゃらと笑う。菱井はがっくりと肩を落とした。
「うわぁー…!」
「じゃー、ヒッシーあたしと踊ろうよ」
「え、せ、先輩と!?」
「だってアイツは放っとくんでしょ? ほら、行こ行こ」
山口は突然、菱井の腕を引きキャンプファイヤー代わりの巨大ランプに向かって進み出した。
あっけにとられた北斗は、その場に立ち竦んだまま二人に向かって軽く手を振っていた。その背後に久保田が現れたのを菱井は見てしまう。
(や、やべー! 俺、後で久保っちにフクロにされるー!!)
他にも複数の冷たい視線が菱井を指していて、手を引かれたまま菱井は天を仰いだ。
足を踏まないでねぇ、と笑う山口のダンスの腕前はなかなかだった。菱井が足を縺れさせても器用に避ける。
「こんなんでヒッシー、二年の体育の授業大丈夫ぅ?」
「いや俺、元々体育駄目――うっ!」
山口に左腕を高々と持ち上げられ、菱井は呻いた。
あの事故で負った怪我のため、菱井は腕をあまり勢いよく動かす事が出来ない。腕を使用する実技は、全般的に苦手なのだ。また腕を振りながらの全力疾走も無理だった。
「あっ、ごめん! ヒッシー腕の付け根弱かったね」
「――優が俺んちに電話してこなかったの、このせいなんかな」
むしろ結びつけるのが遅かったと思う。菱井の両親にとって、小野寺は大事な息子に一生消えない傷を背負わせた張本人なのだ。その彼からの電話があったら、二人はどう思うだろう。
菱井自身には、何故かその事に対するこだわりがあまり無かった。確かに強引に木に登らせたのは小野寺だが、彼は少なくとも菱井を喜ばせるつもりで誘ったのだ。
あの祭りの夜に見た花火は、忘れられない。
事故の一瞬後からの記憶が喪われている、今でも。
その後フォークダンスを終えて戻ってきた菱井を待ちかまえていたのは、案の定こめかみに青筋を立てた久保田だった。
北斗は味方になってくれるかと思いきや傍観者に徹していたので、久保田の羽交い締めから逃れた後、菱井は北斗に膝蹴りを一発食らわせた。
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