「話変わるけど、北斗って勉強どうしてる?」
直前まで菱井と北斗は、試験範囲を嫌々確認しつつ漠然とした将来について語っていた。
「別に、普通。学校行って宿題するぐらい」
北斗の口から事も無げに滑り出た言葉に、菱井は呆気に取られた。
(……たったそんだけ?)
よほど変な顔になったのだろう、北斗が菱井の顔を見て笑いを堪えている。
「何にやついてんだよ、北斗」
「いけね、俺が百面相に負けた」
「は?」
「まぁ、たまに家で教科書読んだりするけど、視線がこう、上っ面を滑るばかりで頭の中入らねぇんだよな。論理的思考力ねぇんだよ」
「……よくウチに受かったねー、北斗」
「あん時はホント死ぬかと思った。強制的に塾入れられたし。受かったら即やめたけど」
オイオイこいつひょっとして相当なもんじゃねーのか、と菱井は密かに思った。北斗は学習するという行為そのものに身が入らない性質(たち)なだけで、元々の頭は非常に優秀なのではなかろうか――毎度学年首席の座を攫っていく弟と同様に。
対する北斗は全く別の事を考えていたらしい。
「そうだ、図書室」
「はい?」
「俺、放課後図書室に行きてぇんだけど」
北斗は突然、図書室での自習を宣言した。彼はその理由を生活態度の改善だと言ったが、菱井は最初から何か裏があるのではないか、と勘ぐっていた。
それを知る機会は、意外に早く訪れた。
小野寺からの呼び出しがかかるため、菱井は毎日北斗の自習に付き合えるわけでは無い。それでも北斗の様子が気になって、菱井は生徒会室へ忍んで行く際、図書室に寄っていた。
その日菱井が図書室を覗き込むと、北斗は若い男性教師と会話をしていた。あまり菱井の印象に残っていない彼は、一年の教科担当ではない。
何か褒められでもしたのだろうか、北斗は無邪気な笑顔で教師を見上げた。
菱井ですら見たことのない、表情だった。
どうしようもない寂しさを感じながら、菱井はある事に思い至る。
(あの先公が、北斗の言ってた天文部の顧問?)
北斗が自習を思いついたのは、この男性教師に少しでも良いところを見せたいがためなのではないだろうか。
北斗にとってあの教師は「違う」。友情とは異なる何らかの思慕が、ひょっとしたら彼の胸に芽生えかけている可能性がある。
「天宮南斗は……知らねーだろうな」
南斗が菱井に向けるのは負の感情ばかりだが、その強さと激しさを知るが故に、かえって菱井は南斗を気の毒に思った。
男性教師は遠目から見ても穏やかそうな人となりで、例えば政経の鎌仲のように人を平気で踏みにじる人種とは正反対に思える。
なのに――何故か酷い不安が菱井の胸をよぎった。
山口が一年の教室の並びに現れたのを目撃したとき、菱井は思わず後ずさりしかけた。北斗は特別教室の掃除当番であるため、この場にはいない。
山口は菱井の姿を認めると、演技がかった仕草で小首をかしげながら微笑んだ。
ついてこい、でなければ声を掛ける、と言う、無言の圧力だ。
ミス惣稜の山口が、文化祭が終わったというのに菱井に声を掛けたりなどすれば、あっと言う間に噂と憶測が広がる。山口自身にとっては痛くも痒くもないだろうが、過去の経験からそういう注目のされ方を嫌う菱井には、とても大きなダメージだ。まして菱井の周囲には、久保田のような熱心な山口ファンもいるのだから。
小野寺が同じ方法で菱井を脅したのも、そのあたりをきっちりと把握しているからだ。
菱井は観念し、山口から十歩は離れた距離を保ちながら、彼女の後をついて歩いた。
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