INTEGRAL INFINITY : Shotgun Killer

 中間試験最終日、クラス全体で遅まきながらの文化祭打ち上げをした後。
 菱井は北斗と共に道を歩いていた。
「なー、このまま真っ直ぐ帰る?」
「やっぱファミレスでテストの自己採点しようぜ」
「北斗、妙に自己採点にこだわってんな」
「ふっふっふ。だって化学の点数早く知りてぇもん」
「うわっ、何か嫌みだコイツ」
 北斗は今回の試験前、突然化学に目覚めた。試験範囲に関してはほぼ完全に理解しており、菱井に教えられる程だ。
 菱井の予想では、あの穏やかな天文部顧問が関係しているのだと思う。よくは知らないが、化学T程度だったら地学の教師でもそれなりに教えられるのかも知れない。
「何とでも言え。今回かなり点数良いかも」
「きぃーっ! 恐ろしい子!」
 菱井は鞄からハンドタオルを出して噛み付き、反対側を手で引っ張った。ギャグマンガの真似を狙ったのだが、北斗の肩越しに見えた人影に気付いて口を開ける。
「――天宮南斗」
「やあ」
 夕焼けを背景にしているからなのか、南斗の甘やかな微笑みは何処か作り物めいていた。
「北斗、菱井君、今やっと帰り? 何処かで遊んできたの?」
 そしてそのまま、探るような視線を菱井に向ける。やましいことは何もないので菱井は正直に答えた。
「俺らのクラス、今日試験終了のついでに文化祭の打ち上げやってたんだよ」
「ああ、一組全員なんだね」
 北斗が南斗の行き先を尋ねたところ、南斗は駅前の本屋に行ってきた帰りとの事だった。自転車の籠には今にもはちきれ破れそうな紙袋が入れられている。
「何これ、漫画?」
 南斗が普段何を読むのか興味が湧き、菱井はその紙袋を手に取ろうとした。
「違うよ。理科関係の本」
 だが、南斗の声色が緊張を孕んでいる事に気付いた菱井は、黙って引き下がった。

 菱井が本について詮索しなかった事に安心したのか、南斗は三人で帰ることを提案した。北斗を中心にして、並んで歩く。
「そう言えば、俺が教えるって言ったけど、北斗は菱井君と勉強するって言ったんだよね。二人でやったらはかどる?」
 やはり南斗は、北斗が自分ではなく菱井を選んだ事が気に入らないらしい。
「図書室追い出されることは無かったから、それなりに真面目に勉強してたと思うよ?」
 菱井はわざと、挑戦的な口調で言った。不穏な空気に気付いて北斗が不安そうな顔をする。
「でも、北斗はあんたに化学教えてもらったって思ってた」
「化学? ――北斗、今回化学良かったの?」
「まぁ、手応えあった、っつぅか」
「さっきこいつ、自己採点して俺に自慢しようって言ってたんだぜ」
「菱井っ!」
 慌てた北斗が菱井を肘で突く。
「ひょっとして、これからそれをやるつもりだった?」
「ああ、ふ・た・り、でね」
「……ふぅん」
 菱井が挑発すると、南斗の目が細められる。
「北斗」
「な、何」
「自転車で帰ろう」
 どうやら我慢の限界に達したらしい。南斗は北斗から鞄を取り上げて自転車の籠に入れた。
「おい何すんだよ」
「もう暗くなってきたし」
「俺はこれから菱井とっ」
 北斗は視線で菱井に縋ったが、菱井は助け船を出さなかった。
「いいよ、今日たっぷり遊んだじゃん。俺も帰るよ」
 観念した北斗は南斗に促され、自転車の荷台に座った。

 自転車で去っていく二人を見送りながら、菱井は南斗のやにさがる顔を想像した。今日の事は、菱井なりに南斗を気の毒に思ってのサービスだ。
(北斗の奴、あの幸崎って先生の事かなり気に入ってるみたいだからなー)
 菱井も一度だけ図書室で勉強している際に遭った事がある。幸崎はすぐに立ち去ったのだが、その時北斗は随分と不満そうだった。
「あれ……幸崎先生、って他にどっかで聞いた事あるよーな」

 もしこの時、菱井が思い出していれば――全て、違っていたかも知れない。
 それは、暮れなずむ生徒会室での事。

『良介、ちょっと出てくる。顧問の幸崎にこれを渡さなければならないからな』

 

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 あんなに南斗から嫌われているというのに、北斗を真ん中にした三角関係に関しては菱井は南斗支持派です。
 次回からはTrack 05。いよいよ天文部事件に入ります。