INTEGRAL INFINITY : Shotgun Killer

「なー優、俺のどこが良いの?」
「何だ、突然変なことをきくな」
「お前と同じ学年のやつらが俺によく言うから。優に逆らってばかりで生意気なのに、って」
「――そこが良いんだ、良介は」

【Track 05 : Like A Virgin】

 その朝、菱井は珍しいものを目撃した。

「どうしたの、お前」
 菱井は下駄箱で北斗を捕まえるなり、いきなり問い質した。
「何だよ」
「北斗が天宮南斗と仲良く登校すんの、文化祭以来じゃん」
「よく憶えてるな。俺は忘れてたぞ――まぁ、今日はたまたま、っつぅか」
「――正直に吐けよ。こないだ何かあったのか?」
 北斗が南斗と並んで歩くのは、彼の機嫌がよほど良い時だけだ。なので問題は起きなかったのだろうが、どうも菱井は娘を持つ父親のような気分になってしまう。
「いや、悪ぃ、っつぅ感じの事は何も。単に兄弟だって事実を認識しただけ?」
「なんだそりゃ」
 北斗の言い方ではよく解らなかったが、どうやら兄弟の仲は若干改善されたらしい。菱井が南斗に譲ってやったチャンスは、それなりに有効に活用されたようだ。

「おう天宮。機嫌よさそうだな」
 今日の北斗の機嫌は菱井以外にも見るからに判るらしく、北斗はクラスメイト達から次々に声を掛けられた。
「久保田。俺ってそんなにあからさま?」
「うん、すっげぇ」
「天宮君の表情、浮つきすぎて被写体には、ちょっとねぇ」
「緑川……その手のカメラは一体何だ」
 言葉とは裏腹に、緑川はうきうきとした手つきで愛機を構える。
「少々試し撮りを。写りがどうなってるかは現像してのお楽しみだよ」
 そして不気味に笑いながら、真正面から北斗の顔写真を何枚か撮った。

「これを見てくれたまえ。昼休みを返上して現像してきたのだよ」
 もうじき五限開始のチャイムが鳴るという頃、緑川はいつものメンバーを集め、机の上に何枚かの写真を出した。
「これ、朝の天宮じゃん」
「でもこっちは角度が何か違うぞ」
「ちょっ、お前なに人の事隠し撮りしてんだよ!」
 北斗の抗議を頭から無視し、緑川は中の一枚を菱井に渡した。
「ほら菱井君。ボクとしてはこの写真が、最も自然な表情を撮れていると思うんだが」
「うわー、何これ。北斗かわいー、赤ん坊みてー!」
 写真を見た菱井は、可笑しさのあまり腹を抱えて笑った。笑いすぎて涙が出たほどだ。
「どれどれ、おれにも見せろ菱井……本当だ、えらく顔が弛んでるぞ」
「どーしちゃったの天宮。秋なのに春が訪れたか?」
 楽しげな一同の様子に気付いた他のクラスメイト達も、次々と寄ってきては写真に写った北斗と本物を見比べ、あまりのギャップに吹き出した。
「だぁーっ!」
 顔を真っ赤にした北斗は全ての写真を奪い取ろうとしたが、緑川に「無駄だよ、ネガは厳重に保管されている」と言われて泣く泣く諦めた。

「北斗。こっちの掃除当番終わったら一緒に帰るか?」
「いや、俺は職員室行くから菱井は先帰っていいぜ」
 職員室に何の用だろう、と菱井が不思議に思っていると、北斗は左手で握っていた紙を菱井の目の前で閃かせた。
「入部届。これから幸崎先生んとこに出しに行くんだよ。今日は活動日のはずだから、そのまま部活に参加すっかも」
「あー、だからか。お前の機嫌がずっと良かったのって」
「ん」
 北斗にとっては、文化祭以来待ちに待った日なのだろう。ややはにかんだ表情は、彼が本来持つ甘さを垣間見せた。
「だったらさっさと行ってこいよ。善は急げだ」
「わかってるよ。じゃな、菱井」
 北斗は、菱井が初めて見る晴れやかな笑顔を残し、職員室へと向かった。

 だから、掃除当番を終えた菱井が再び北斗と遭遇した時、菱井は自分の目をにわかには信じる事が出来なかった。
 親友の姿にも気付かず走り去るほど、北斗は涙を流していた。

 

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 緑川の後ろの席なので、勿論菱井も隠し撮りしていた事は知っています。が、できが楽しみで北斗には黙っていたと思われる。