帰宅した菱井は即座に北斗の携帯に電話をかけた。
『……もしもし』
「北斗! おい、さ、さっきお前、すげー顔で学校から走り出てっただろ!? 何があった?」
暫く間が空いたあと、携帯のスピーカーから嗚咽が漏れ出した。
『ひしい――っく…うっ……ぁっ』
「ひょっとして泣いてんのか!? 辛いことあったんならいくらでも話聞くから、北斗、俺の家来るか?」
『んっ……い…く……ぇっく』
北斗が承諾したのをかろうじて聞き取った菱井は、通話終了後にじっとしていることが出来ず、家の外に出て北斗を待った。
(北斗……放課後まではあんなに楽しそうだったのに、何がどうなったらあんなに泣いちまうんだよ)
天文部への入部を断られたのだろうか。だが、それだけで北斗がああまでショックを受けるとは思えない。
やがて現れた北斗の顔は涙でぐちゃぐちゃのままだった。
「近くで見るとホントひでー顔だな。明日は瞼が腫れ上がってんじゃねーの?」
菱井は北斗を安心させようと、わざと明るく声をかけた。すると気持ちが弛んだためか、一旦止まっていた涙が北斗の目から溢れた。
「おいおい、流石に天下の往来で大泣きはやべーよ。ほら、俺の部屋行くぞ」
菱井は北斗の手を引き、自宅へと連れ込んだ。そのまま自室へと案内する。
「もう我慢しなくていいぞー、とりあえず気が済むまで泣けよ」
部屋に入りドアを閉めると、菱井は北斗を座らせ、その身体を正面から抱え込んだ。
「おー、よしよし」
「ふっ、うああああっ……!」
菱井が優しく背中を撫でてやると、北斗は菱井にしがみついて号泣した。
北斗は泣きながら、放課後何があったのか菱井に語った。
幸崎を探して地学準備室に行くと、そこで幸崎と南斗が天文部の冬合宿について話していた事。
北斗が天文部に入ろうとしていたのを知った南斗が、絶対に許さない、と怒り北斗を押さえつけた事。
北斗自身を見てくれていると思っていた幸崎への不信感。
そして、自分自身に対する唯一の誇りだった、星に対する興味と愛着さえ南斗に勝てなかったショック――。
「結局、何一つだって南斗より真剣だって言えるもの、無かった。俺、何にもないんだ……」
「――辛かったな」
黙って全てを聞き終えた菱井は、ただ一言だけ言った。それ以上の言葉は見つからなかった。
北斗が星を好きになったきっかけは南斗との子供じみた勝負だった事を、菱井は初めて知った。南斗へのコンプレックスにいつ潰れてもおかしくなかった北斗の心を支えていた思いが、今日の事で粉々に壊れてしまったのだ。
何よりまずかったのは、北斗のここ最近のモチベーション上昇が幸崎への無自覚の恋に由来していた事だ。親しくなった人は全て南斗を選ぶ、という北斗にとっては呪いに等しい強迫観念が最悪の状態で発動してしまい、菱井が懸命に北斗に取り戻させようとしていたものを殆ど無に帰してしまっていた。
「ホント、もう俺、お前だけだ……」
菱井の胸に額を当てたまま、北斗がぽつりと呟いた。
「その台詞、女の子に言われたんだったら即落ちるね」
「悪かったな、俺が男で」
「ちゃんと解ってるって。こういう時に頼られるの、親友冥利に尽きるよ」
菱井の口調は軽かったが、言葉には万感が込められていた。
北斗の壊れかけた心に唯一残っているのが自分だという誇りと喜び、そして使命感。
菱井しか縋るもののないこの親友を、何があっても守りたい。また明るい笑顔を取り戻させてやりたい。
その為だったらどんな事でもしてみせる、と菱井は改めて自分に誓った。
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