「北斗。携帯鳴ってる」
「ああ……」
北斗は菱井にしがみついたまま片手で着信を確認すると、取らずにそのまま通話を切った。恐らく南斗からだったのだろう。同じ事を何度か繰り返し、着信拒否設定をした後、北斗はとうとう携帯の電源を落としてしまった。
「北斗にもう何にも残ってないって嘘だよ」
菱井は北斗の背中をさすりながら諭した――無くなったと思うなら今から本気を出せばいい、その上で掴んだものこそが本当の北斗のものだ、と。
「まー多分、お前その気になったら何でも出来るよ。だって明らかに手を抜いてるもんな、勉強も」
「は?」
「やっぱ自覚してねーのな。全然勉強しないで平均点って普通、驚きよ? 俺は手を抜いたら全教科赤点になる自信あるぜ。北斗。お前ひょっとして、天宮南斗に一旦差を付けられてから『勝てないものは仕方ねぇ』って諦めてなかった?」
北斗は菱井の言葉に驚いたのか、ようやく顔を上げた。どうやら図星だったらしい。
「俺ね、何で北斗に興味持ったのかって知ってる?」
「知らねぇ……わざわざこっちから訊くことじゃねぇし」
今がその時だ、と菱井は思った。少しは北斗の希望になるかもしれない、と菱井は自分と小野寺との事を北斗に語った。小野寺の名前は伏せてではあるが。
「惣稜に入って、天宮南斗の事で嫌そうにしてる北斗を見て、俺ピンときたんだよ。あーこいつ俺と同じだ、って。俺の場合は向こうが親の転勤で一度海外に出ちまったからな、高学年の頃には全然気にしなくなってたけどさ。お前らの場合兄弟だし、北斗は相当ひねくれて育っちまったっぽいなー」
「悪いかよ、ひねくれてて」
どうやら落ち着いてきたらしい北斗が、すねた口調で答える。
「悪い。周りもっと見てみなよ。久保っちとか、一組の男はだいたいお前はお前として見てるぜ、北斗が気付いてないだけで。女子については責任持てねーけど」
「お前の言うとおりかもな――俺、何でも良いから、とにかく頑張ってみるよ」
「それで、これからどーすんの、北斗」
「――家、帰りたくねぇ」
「そう言うと思ったよ」
今の北斗の状態では、南斗を前にして平静ではいられないだろう。せめて傷をかさぶたが覆うまでは北斗を家に帰さないほうが良い、と菱井は考えた。
「ま、ゆっくりしてけ。あんなに泣きまくったんだし、疲れただろ?」
「うぅ…急に頭痛くなってきた……目も熱い」
「氷枕、あるよ?」
「どぅわあ!?」
突然の声に驚いた菱井は、思わず北斗を床に突き飛ばした。
「か、可奈! いきなり人の部屋入ってくんなよ!」
「お母さんに頼まれてお茶持ってきてあげたのよ」
「ひ、菱井、この子は……?」
「はじめまして。菱井可奈子です。こっちの良介の妹です♪」
夏休み中も菱井と北斗は外でばかり会っていたので、実は北斗と可奈子が顔を合わせるのはこれが初めてだ。
妹の瞳がやけに輝いている事に気づいて菱井はうんざりした。これは間違いなく、変な想像をしている。
可奈子から氷枕を渡され、北斗はそれを瞼に当てた。
「用意良いな、可奈」
「だって、リビングまで聞こえてたよ」
「聞こえてた、って――」
羞恥のあまり北斗は絶句した。きっと氷枕の下の顔は真っ赤に違いない。
「えっと、天宮北斗さんで良いんですよね?」
「お、俺の名前知ってるんだ?」
「お兄ちゃんがよく話してますから。じゃあ、お茶ここに置いておきますね」
可奈子はお茶の載ったトレイを部屋の丸テーブルに置く。そして部屋を出て行く直前、兄達を振り返った。
「あ、お兄ちゃん」
「何だよ、可奈」
「菱井家は私が婿取ってちゃんと存続させるからね」
「アホかぁーっ!! 俺だって可愛い嫁さん貰うのが夢なんだよっ!」
可奈子のあまりの言いように、菱井は状況も忘れて絶叫した。
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