まさか北斗とカップリングされるとは思わず、菱井は実に気まずい思いでアイスティーを飲んだ。あれだけの会話で可奈子の趣味が北斗に正確に伝わったとは考えにくいが、非常にいたたまれない。
「なんつぅか、あれが菱井の妹さんなんだ」
「一応……」
「いま何年生?」
「中三」
菱井がそう答えると、北斗は表情を曇らせた。
「菱井。俺、帰るよ」
「え? 帰りたくねーんじゃなかったのか?」
「考えたらさぁ、いきなり家に押し掛けて泊まっていきます、っつぅのもお前の家族に迷惑かけるじゃん。妹さんがいてしかも受験生なんて、俺の存在自体邪魔かもしれねぇし」
北斗はどうやら可奈子の事を考え、遠慮しているらしい。
「お前が家に帰っちまうほうが心配だよ」
「けど、菱井んちに迷惑かけるほうが俺は嫌だ」
「うちの家族なんてどーでもいいから」
「やべぇってそれ」
「やばくねーよ、俺が丸め込むから――あっ」
この時やっと、菱井はとても重要な点に思い至った。
「俺の家、危険かも」
「危険、って?」
「お前の帰り遅くなったら、多分この家に天宮南斗からの電話が来る」
北斗が家を飛び出した事に南斗が気付いた時、彼がまず真っ先に疑うのは間違いなく菱井だ。
北斗は疑いのまなざしで菱井を見た。南斗が菱井の携帯番号を知るはずが無いのに、と思っているのだろう。だが、彼は忘れている大きな盲点があるのだ。
「一組のクラス連絡網。親に渡してあるんだろ?」
惣稜高校のクラス連絡網には住所まで記載してある。南斗が直接ここまで押しかけてくる可能性を、菱井は指摘した。
「駅前の店は最近見回りあるからな。とにかく、天宮南斗に絶対にバレない潜伏先にしねーと」
同じ理由で一組の他の男子の家も駄目だろう。そうなると、北斗を匿ってくれそうな人間の心当たりは全く無かった。北斗も菱井も、これまで部活に入っていなかったせいで他のクラスの生徒や先輩の中に親しい人がいないのだ。
かろうじて菱井には文化祭実行委員会での仲間がいるが、南斗なら彼らの連絡先も握っている。それ以前に友達を泊めてくれ、と頼めるほどの間柄ではない。
いや、ただ一人だけ、いる。
「――あ、アイツなら」
小野寺ならもしかしたら菱井の頼みを聞き入れてくれるかもしれない。同じ生徒会役員で菱井より南斗との方がよほど付き合いがあるだろうが、小野寺は菱井との関係を誰にも言わない、と約束したのだ。小野寺の約束は絶対だ。だから南斗は二人の繋がりを知らない。思いつきすらしないだろう。
現時点で菱井が思いつく限り、最も安全なのは小野寺の家だった。
「……いや、それは」
『身体で払う気があるなら、いつでも泊めてやる』
『冗談? 馬鹿を言え』
きっと自分には関係無い、と思っていた小野寺の言葉が、突然菱井に重くのし掛かった。
「でも……」
「菱井、何か困ることなんだったら無理すんなよ。俺自分で何とかするよ」
菱井の変化に気付いたのだろう、北斗が不安そうな顔で菱井を見た。
(俺、さっき北斗の為なら何でもする、って決めたばっかじゃん)
今、北斗を守れるのは自分だけだ。重労働を命じられたら、北斗の分まで力の限り働けば良い。万が一小野寺が抱かせろと言ってきたら――
(大丈夫……俺、女じゃねーから、ヤられたって傷物になるってわけじゃねーんだから、大したことない。ただ、ほんのちょっとだけ我慢すりゃいーんだ)
「いや、覚悟決めた。天宮南斗にゃ絶対思いつけねーウルトラC、お前のためなら使ってやるよ」
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