「北斗。先に出て向かいの公園で待ってろ」
「わかった」
北斗が部屋を出て行き一人きりになると、菱井は意を決して自分の携帯電話を手に取った。
知らない間に登録されていた小野寺の番号を呼び出すのは、これが初めてだ。通話を待つ間、緊張で胸の辺りが苦しくなる。
『――良介か?』
「あ、うん。優……お前んち、今日親帰ってくる?」
『いいや』
「だったら頼みがある。俺のダチ、一晩匿ってほしい」
『……どういうことだ?』
菱井は小野寺に、南斗の双子の兄が自分の親友である事、彼らが衝突し北斗が家に帰れる精神状態ではない事を説明した。
『つまり、俺に他人の兄弟喧嘩に手を貸せと言うのか? それも俺と直接関係の無い方に』
「俺が知ってる範囲じゃ、優んとこ以外に天宮南斗に嗅ぎ付けらんねーとこねーんだ。頼む! 俺が代わりに何でもする、身体で払えって言うなら払う。今夜一晩だけでいいから北斗を泊めてやって」
『本当だな?』
「ああ、約束する」
この約束は絶対に破らない、と菱井は小野寺に宣誓した。それだけ自分は真剣なのだ、と。
『他ならぬお前の頼みだ、聞いてやる。天宮達の問題に何らかの決着がつくまで、俺は兄の方に協力する――それで良いな?』
「優!」
『お前の事を誰にも言わない、という約束もあるから表立っては動かない。そっちの天宮にも口止めしておくんだな』
「サンキュー! マジありがとな!」
『言っておくが高くつくぞ。当然、今夜は良介もうちに来るんだろうな?』
小野寺の言葉に菱井の背筋が凍る。悪い予感しかしなかったが、もう後戻りはできなかった。
「本当にここでいいのか?」
マンションの外観を見た北斗がそう呟いたのを聞き、自分の時と全く同じ感想である事に菱井は内心苦笑した。
「このエントランスまでは来たことあるから、大丈夫だと思う」
前回はインターフォンの操作が完了する前に小野寺の方から出てきたが、今度こそ「呼び出し」キーまで押す。
『はい。小野寺です』
「優、俺だけど」
『良介か。今開ける』
ガラスの自動ドアが開き、二人はやたらと緊張しながら建物内へ入った。
エレベーターのフロア表示で確認したところ、小野寺の部屋があるのはどうやら最上階らしい。
「最上階の部屋って凄ぇ高いんだろ?」
「何かお約束っぽくてイヤミだなー……あ、着いたぞ北斗」
「場所、すぐに判るか?」
北斗はそう心配したが、元々部屋数の少ないフロアだけあって、目的の部屋を見付けるのにさほど時間はかからなかった。
菱井が部屋のインターフォンを押すのとほぼ同じタイミングでドアが開く。
「よく来たな」
毎週一度は必ず見ている顔だというのに、北斗は生徒会長の事が判らないのか、小野寺の顔を穴が開くほど見つめていた。
「お前か。天宮の片割れ、って言うのは」
「か、会長!?」
入れ、と促され、菱井は呆然としている北斗の手を引いて小野寺の後に続いた。
「何か飲むか? コーヒーぐらいならすぐ淹れてやるが」
「あー……うん」
マンションの高級なイメージ通りのインテリアに落ち着かない菱井が答えると、小野寺はキッチンへと消えていった。
「おいっ菱井どういうことだ!? 会長って思い切り南斗側じゃねぇか! っつぅかお前が会長と知り合いだなんて知らなかったし!」
ソファの隣に座る北斗が小声で菱井を責める。
「――あれが、さっき言った俺の『比較対照』だよ」
「えぇっ!? だって相手は海外行った、って」
「高校入る前に戻ってきたんだよ。前の家と場所違ったから、俺だって偶然惣稜に入ってから知ったんだ」
「じゃあ、お前と会長ってホントに幼馴染みなんだ……」
「俺が黙ってた理由、北斗なら何となく解るだろ。俺とス……会長の事を知ってるのは、うちじゃ山口先輩だけだ。あの二人ってさ、実はいとこ同士なんだよ」
北斗の前で小野寺を「スグル」と呼ぶのは何故か憚られ、菱井は意識して「会長」という単語を使った。
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