「そう言うわけだから、うちの天宮もまさか良介が俺を頼っているとは思いもしないというわけだ。ほら」
会話を聞かれていたとは思わず、北斗と菱井は慌てて小野寺からコーヒーを受け取った。
「に、しても酷いな。腫れているのがはっきり判る」
「すんません。さっき凄ぇ泣いたから……」
「良介からはお前と天宮が喧嘩をした、というぐらいしか聞いてないが、とうとう天文部のことがばれでもしたのか」
まだ話してもいないのに、と二人は驚愕する。
「俺も天宮と同じ天文部員だからな」
「えーっ!?」
小野寺は、生徒会役員は全員天文部に所属しているのだと語った。南斗は書記として立候補する代わり、天文部の設立に協力するよう小野寺に約束させたらしい――それも、北斗には絶対に知られないように。
「どうして……」
小野寺の話にショックを受けた北斗が呆然と呟く。だが小野寺は、「約束」を盾に黙っているのかそれとも本当に知らないのか、答えようとはしなかった。
「親の部屋が空いている。寝るときはそこを使え」
「いえ、会長にこれ以上余計な迷惑かけられません。ソファ貸してくれるだけで良いっすから。なぁ? 菱井」
「ああ。だから俺達晩飯も買ってきただろ?」
北斗の言葉に菱井も同意する。実は、彼が心配したのは小野寺にかかる迷惑ではなかったのだが。
「シャワーだけ借りても良いか?」
「ああ」
「ってことで許可貰ったから。北斗、いい加減顔洗ってすっきりしろよー」
小野寺が立ち去ったと思い、菱井は家から持ってきたスポーツバッグから着替えを出して北斗に差し出した。
「ほれ、着替え。下着はお袋が買い置きしてた俺のやつだけど、ちゃんと新品だから」
「……っつか菱井、用意良すぎ」
「ここで会長に『服貸してやる』とか言われたくねーだろ?」
「確かに」
北斗は神妙な顔で服を受け取ると、バスルームを探しに行った。
「後でお前も行って来い、良介」
突然、背後から話しかけられ菱井は反射的に飛び退る。
「す、優」
「親の部屋なら、俺の部屋から最も離れていたんだがな」
小野寺の言葉に、菱井は不安がこれから現実のものになる事を悟った。
「まさか、北斗がいんのに……!?」
「――これ以上待てるか」
声にはせいぜい気をつけろ、と言う小野寺の表情は、菱井には悪魔のそれに見えた。
本当に南斗の捜索の手が伸びてこない事に安心したのだろう、北斗はソファの上に横になるとじきに眠り込んだ。
向かいのソファで同じように寝転んでいた菱井は、それを気配で確認すると起き上がった。念のために北斗の頬を指で突付いてみたところ、反応が無い。恐らく今日一日の出来事に酷く疲れ、深い眠りに陥っているのだろう。
それでも菱井は、物音を立てぬよう慎重にリビングを出た。
全身が心臓になってしまったかのような緊張は、一歩前へ進むごとにいや増していく。
(怖い)
小野寺の部屋の前に立ったとき、菱井は遂に足がすくんだ。無傷のはずの右腕も全く上がらない。
躊躇ううちに部屋の内側からドアが開けられた。
「何を突っ立っている。入れ」
容赦ない言葉を吐く男の顔を、菱井は見る事が出来なかった。入るよう促す小野寺の手が背中に触れたとき、思わず小さく悲鳴を上げる。
「なんだ、ガチガチだな」
「だ、だって!」
「そうか――確認するまでもなくお前は初めてだったな」
なら察しろよ、と菱井は言いたかったが、上手く声にならなかった。初めて抱かれる直前の恐怖に、女も男もないのだという事を思い知る。
触れようとすると身を固くするのを初な反応だと思ったのか、小野寺は喉の奥で笑った。
そして、歯を食いしばり視線を床に落とす菱井の顔を上向かせようと、両耳の裏へと指を差し入れる。
「ス、グ…………んんっ」
仕掛けられたキスは熱くて――酷く苦しい。心と身体を一度に撃ち抜かれたかのように。
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