「――北斗。何とか巻いてきたぞ。やっぱ相当疑ってたっぽいけどな。ギリギリまで昇降口でお前を待ってるつもりだとよ」
菱井が一組の教室に入ったると、クラスメイト達の視線が彼に集中した。
「何だよ、やっぱり昨日天宮は菱井といたのか?」
久保田の言葉に、やはり南斗は一組の生徒に電話を掛けていた事を知る。菱井は、北斗が南斗と喧嘩中である事を明かし、二人が顔を合わせないよう協力しよう、と皆に提案した。
女子の中には渋る者もいたが、橘が「俺達のクラスの天宮を助けるのが当たり前じゃん」と言った事がきっかけで、クラス全員が北斗を助ける方向で団結した。
ホームルーム終了後、菱井に忠告された北斗は久保田の導きでベランダ経由で二組の教室へと逃げていった。
「さっき、こっそり同じ部の奴に根回ししといたんだ」
「久保っちエライ!」
ニッ、と笑う久保田と、菱井は拳を打ち合わせる。その時タイミング良く南斗が一組を訪れた。
「すいません、北斗のこれ、届けに来たんですけど」
「あー、北斗ならさっき出てったぜ。トイレじゃねぇの?」
踵を返そうとする南斗から、今度こそは鞄を取り上げる事に成功した。南斗が退散するのを見届け、鞄を北斗の机に置いてから自分の席に着く。
座った事で、遂に張り詰めていたものが切れた。そのまま菱井は一限担当の教師が来るまで眠り込んだ。
それから休み時間が来るたびに北斗は二組に逃げたが、菱井は自分の座席から一歩も動かなかった。いや、動けないと言った方が近いかもしれない。
南斗もまた、毎回一組に通っては空振りに終わっていた。
「菱井君。本当に北斗が何処に行ったか知らないの?」
一度は教室内に踏み込み菱井にそう訊ねたが、菱井はわからない、見ていないで押し通した。
「何か、俺今日やたらと眠くてあんま周り見てねーんだよ」
「彼の言うことは全く正しい。これまで何回教師に頭を叩かれたことか」
緑川の援護が功を奏し、南斗は諦めて菱井達の前から去った。
続けて緑川は昼休みの対策も立ててくれた。前の席に座っている彼は、気配で菱井が本調子でない事が判ったのかもしれない。
北斗は写真部の部室に行く事になり、菱井も誘われたが、未だに腰の重だるさが抜けきらないような気がするため断った。どのみち絶対に来るであろう南斗を一番上手くあしらえるのは菱井だ。
体力と気力の尽きた菱井は自分の昼食も買いにいけなかったのだが、購買から戻ってきた下田がおにぎりを持ってきてくれた。
「金はちゃんと貰うよ」
「サンキュー、下田」
「礼なら緑川にな。お前の分買って持ってけ、っておれに言ったのあいつだぜ」
下田の話を聞き、菱井は緑川の事を見直した。口を開けば写真の話ばかり、という印象が強烈すぎる緑川だが、援護の件と言い意外に気配りが出来て頭が回るらしい。
でもやっぱり変な奴だよな、と思いながら菱井はおにぎりの包みを破った。
六限の授業中、ブレザーの内ポケットに入れていた携帯電話の振動によって、相変わらずうとうとしていた菱井は強制的に覚醒させられた。
教鞭を執る化学教師の荻野に見つからないよう、菱井がこっそりと携帯電話を確認すると、メールが一通入っていた。
メールの差出人は小野寺だった。
『放課後に生徒会役員会議を入れた 放課後になり次第郁美に天宮を捕まえさせる』
どのような案件を捻り出したのかは知らないが、小野寺は北斗に少しでも長く時間を稼がせてくれるらしい。
(郁姉にかかりゃー絶対に逃げ切れねーしな)
菱井は自分の経験と照らし合わせ、そう思った。
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