(あ、でも優んちの鍵って今俺が持ってんじゃん!)
後から家を出る都合上、小野寺の鍵は現在菱井が預かっている。放課後に何処かで落ち合ってから返すつもりだったが、会議がいつまでかかるか予想できない。帰りに第二校舎に寄って下駄箱に入れておこうかとも思ったが、第一校舎と違い全てが共有なうえ扉も付いておらず、誰かに盗られないとも限らないためその考えを捨てた。菱井に出来るのは、とりあえず待つ事ぐらいだろう。
この事を伝えるため、菱井は北斗に手紙を書いて回した。しばらくして返事が返ってくる。
『わかった。会長にサンキュー、って返信で伝えといて』
菱井は携帯電話を机に立てて開いた教科書の間に隠し、密かに小野寺宛のメールを打った。ついでに鍵についての質問も付け加えてから送信する。
更に返信されてきたメールには、家で待て、と書かれていた。
確かに、菱井が先に小野寺の家に行って中で待っていれば、校内で鍵を渡す必要が無い。
(俺のこと信頼してくれてるんだろーけど……でも……)
長いようで慌ただしい一日が終わり、放課後になった。
「俺、掃除ねぇからこのまま家に帰るわ」
正直な話まだかなり心配だったが、逆方向の小野寺の家に呼び出されている菱井は北斗の家までついて行けない。菱井が謝ると、北斗は「一人で落ち着いて考えたかったし」と言ってくれた。
「俺、帰るわ。今日はみんなサンキュー!」
北斗はクラスの皆に大声で礼を言い、帰ろうとした。
「天宮。お前に客、なんだけど」
教室のドアに近いところにいた橘が、困った顔で北斗を呼んだ。
橘のところに行った北斗の目が、驚愕に見開かれる。
「北斗君。ちょっと、いいかな?」
「幸崎先生――!」
「天宮……?」
今日の騒動の後だったからか、特にいつものメンバーは心配そうな視線を北斗に向ける。
もちろん、菱井もそうだ。北斗に危害を加える相手ではない、とは解っているが、幸崎は昨日の一件に深く関わっているのだ。
だが、北斗は心配するクラスメイト達に笑顔を向け、幸崎について行った。
その表情は、南斗の作るそれによく似ていた。
「おじゃましまーす、っつーのもただいま、っつーのも、どっちも何だかな」
預かった鍵で小野寺の家に上がった菱井は、今朝ずり落ちたソファに座った。
そう、今朝の話なのだ――小野寺の部屋から身体を引きずるようにしてこのソファまで必死で辿り着いたのは。同じように静かでも、あの時は北斗が側で寝ていた。だが今は誰もいない。
急に菱井は落ち着かなくなった。北斗といる間は耐えるものでしかなかった身体の痛みが、わけのわからない不安感を伴って思い出されてくる。北斗が側にいれば彼への心配が先に立ち、小野寺を目の前にすれば反発の方が勝つ菱井は、一人になって初めて自分に起きた事に動揺した。
学校であれほど眠ったというのに、また菱井はうとうとしていたらしい。彼を起こしたのは小野寺の揺さぶりだった。
「あれ……優」
「まったく、鍵は開いているのに部屋が暗いからそのまま帰ったのかと思ったぞ」
「流石にしねーよ、それは」
何故だろう。
不安と、そして怖れが強くなる。
昨夜と同じように。
「鍵はテーブルの上に置いてあるから。じゃー俺、かえ――」
腰を浮かせかけた菱井は、両肩を掴まれあっけなくソファに横倒しにされた。
「え? え?」
「これから、また払って貰う」
「そんな話聞いてねーよ! もうちゃんと払っただろ!?」
菱井は抗議したが、小野寺は菱井の上に乗り上げたまま退こうとしない。
「高くつくぞ、と言ったはずだ。今朝は天宮の情報をお前らに流したし、放課後はわざわざあいつの足止めまでしてやった」
そう言われてしまえば、菱井に逆らえるはずがない。どうしてももう一度身体を開かなければ、約束を破る気かと小野寺は菱井を責めるだろう。
「……明日、体育あるから」
痕だけはつけんなよ、と言って菱井は顔を背けた。
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