「お兄ちゃん、スイカおいしいね」
「んー、ああ」
「昔は海に行ったら絶対スイカ割りしたよね。いっつも割るのは優兄で……」
「可奈! ――あんな奴の話なんか、すんな」
【Track 06 : Sound Of My Heart】
「北斗、今日バイト?」
「あぁ。菱井また買いにくんの?」
「行くよー?」
「お前いつもスポーツドリンク系しか買わねぇよな」
学校じゃ殆ど飲まねぇのに、と言われ、菱井は内心冷や汗をかきながら笑ってやり過ごした。
あの校内逃走劇事件から暫くして、北斗はアルバイトを始めた。バイト先は菱井家の斜向かい、かつて小野寺が住んでいた場所にあるコンビニエンスストアだ。
変化はそれだけではない。学校での北斗は随分と明るくなった。未だに人見知りする性質は完全には改善されていないようだが、少なくとも一組の中ではいつもの仲間以外の相手ともよく喋るようになったし、何よりつまらなそうな表情をしなくなった。
その代わり、彼は家族との絆の方を切り捨てたらしい。
帰宅後は殆どの時間を自分の部屋に閉じこもって過ごし、両親とは最低限の会話しか交わさない。どうやら逃亡の終わりの際に母親から何か言われた事がきっかけとなり、北斗が何年もの間胸に溜め込んできたものが遂に爆発してしまったらしい。
それを知った菱井は、最後まで北斗に付き添ってやらなかった事をとても後悔した。冷却期間は一晩ではとても足りなかったのだ。
北斗の両親はどうしたら良いのか判らずにただ手をこまねいているだけらしいが、南斗だけは北斗との関係を修復しようと意識して普通通りに接しようとしているようだ。しかし北斗はその全てをすげなくはねつけていた。
北斗の事しか考えていない南斗にとって、それはどれほど辛い事だろう。校内で見かけるぶんにはいつもと変わらぬ完璧な優等生ぶりなのだが、内心ではどうなのか。
北斗は南斗を拒絶すると言う行為に対して何処かで愉悦を感じているように、菱井の目には見える。結局のところ、あの事件に関して北斗が最も拘っているのは、南斗が北斗に隠れて取っていた行動だ。その証拠に北斗は、あれ以来幸崎や天文部については全て忘れてしまったかのように何も言わない。
菱井はよく天宮兄弟の関係を淡白だと北斗に言っていたが、その実北斗が内心で弟を意識し続けている事を知っている。それを自分から突き放す事は北斗自身も無理をしているように思えて心配だった。
放課後、一旦帰宅した菱井は着替えると真新しいキーホルダーの付いた鍵をジーンズのポケットに入れ、財布と携帯電話だけを持って家を出た。そして、斜向かいのコンビニに入る。
北斗は既にバイト中だった。今は他の客のレジ打ちをしているので、視線だけで挨拶する。そしてドリンクコーナーに向かい、スポーツドリンクのペットボトルを一つ取ってレジまで戻った。
北斗は菱井が持ってきた商品を見て「またか」と言いたげに苦笑した。菱井は会計を済ませると、「じゃあ明日、学校でなー」と北斗に言ってコンビニを出た。
しかし菱井は自宅へは戻らず、そのまま駅に向かって歩き出した。
手にした携帯を操り、今日学校にいるとき届いたメールを確認する。その文面は、時間だけが書かれた素っ気なさ過ぎるものだ。
小野寺からの、呼び出しだ。
しかしかつてと異なるのは、呼び出される先が生徒会室ではなく小野寺のマンションだという点である。菱井がジーンズのポケットに入れていたのは、実はそこの合い鍵だった。
小野寺の部屋に着いた菱井は合い鍵で中に入り、まず冷蔵庫に買ってきたペットボトルを入れた。そして勝手知ったる給湯スイッチを入れ、壁掛け時計で時刻を確認する。
シャワーを浴び終わる頃には、メールで予告された時間通りに小野寺が帰ってくるはずだった。
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