「安田ちゃん、昼休みに小野寺先輩に告白してフラれちゃったんだって」
「だからか、廊下で見たとき凄く落ち込んでたっぽいのは」
教室の掃除中、偶然女子達の会話が聞こえてしまった菱井は、思わずブラシ箒を握る手に力を込めた。
「前は告白した子勝ち、って感じだったけど、最近は全然だよね。だから先輩を好きな子達ってファンクラブ化してきて、抜け駆け禁止って風潮になってるらしいよ」
まさか彼女達は、すぐ側で床を掃いているクラスメイトが話題の主と頻繁に関係を持っている事など知るよしもないだろう。菱井は、優越感とも罪悪感ともつかない不思議な気持ちになった。
校内外を問わず小野寺を慕う女の子達の数はとても多く、普通に考えれば、彼が女に不自由する事などあり得なさそうである。なのに何故、小野寺は新しい恋人を作らず欲望の処理を男の自分相手で済ませているのだろう、と菱井も疑問に思わなかったわけではない。
考えられる理由は、小野寺が女の子と恋人として付き合うことに倦み疲れてしまったのだろう、という事ぐらいだった。彼女持ちのクラスメイトの話を聞く限りでは、デートで延々と買い物に付き合わされたり食事を奢ったり、イベント時にはプレゼントをねだられたり、と随分大変そうである。
元々小野寺は他人に合わせるのではなく、むしろ他人を自分に合わせるタイプだ。そういったサービスは苦痛と感じるに違いない。だが身体だけの付き合いができる女を捜すのも、彼ほどの男になればかえって困難に思われた。
その点、菱井は子供の頃から小野寺の性格を熟知しているため気を遣う必要がなく、菱井も北斗の件での見返りを求めており、恋愛感情が絡まないので面倒な事にはならない。更に小野寺との関係を周囲に知られたくないのは菱井の方なので口止めもしなくて済む、という実に都合の良い存在であった。
その後、自分の清掃担当が済んだ北斗と共に菱井は校舎を出た。
「こないだ中間終わったって思ったのに、もう期末かよ」
「期末終わったら冬休みだぜ、菱井。もうちょっと我慢しろよ」
「おーい、天宮ぁ、菱井ぃ!」
「あ、久保っちだ」
二人が立ち止まり、昇降口の方を振り返ると久保田が駆け寄ってきた。彼は終業式はちょうどクリスマスイブなので、恋人のいない男子達だけでクリスマスパーティをやるので参加しないか、と菱井達を誘った。
確かに、北斗も菱井も交際相手がいるわけではない。二人ともその場で参加と返事をした。
「おい良介。終業式の日の予定はどうなっている?」
唐突に小野寺からそんなことを問われ、菱井は首を傾げたがすぐに久保田達との約束を思い出した。
「あー、クリスマスイブだから、ってんでクラスの連中とパーティする約束してるよ。男ばっかでむさ苦しいけどなー」
すると小野寺は不機嫌そうに眉をしかめた。
「……それは何時までなんだ?」
「やんのは久保田って奴の家でなんだけど、そいつんちちょうど親がいないって話だから終わりは遅くなるんじゃねーかな。場合によっちゃ泊まりになるかも」
「お前は日付が変わる前に切り上げろ」
小野寺は眉間の皺をますます深くしながら、そう言った。
「何で? 優ひょっとして俺を呼び出す気だった?」
小野寺は黙ったままだったが、表情が全く変わっていないので菱井にはそれが諾と知れた。
「お前んちのおじさんとおばさん、クリスマスも帰ってこねーんだ?」
「ああ、正月もな。まとまった休みが取れるのは来年になってだろう」
(優、ひょっとして寂しい、って思ってたりする?)
あまり小野寺らしくない感情である気はする。だが、彼には孤独なクリスマスイブも似合わない気がして、菱井は24日のうちに小野寺の家に行く事を約束した。
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