それは菱井が北斗を見舞った日の、夜だった。
見ず知らずの電話番号から菱井の携帯に着信があった。掛け間違いか無差別の悪戯のどちらかだろうと思った菱井は最初、携帯を放置しておこうと思ったのだが、いつまでも鳴りやまない洋楽にうんざりして、一言文句ぐらい言ってやろう、と通話ボタンを押した。
『――やっと出たな』
「スっ……!?」
思わず叫びかけた口を必死は咄嗟に押さえた。電話を掛けてきた相手は何と、合宿中のはずの小野寺だったのだ。
「おっお前何でメールじゃねーんだよ!?」
『こっちはどうも携帯の電波が届かないらしくてな。ずっと圏外だ』
今時まだそのような陸の孤島が日本に存在するのか、と菱井は驚いた。
「じゃーそれ、泊まってるとこの電話?」
『ああ』
「何で掛けてきたんだよ。呼び出されても流石にそっちにゃ行けねーぞ?」
菱井が言うと小野寺は、回線越しに『そうだな』と認めた。
「……けど、何かほっとした」
それは朝からずっと北斗の事で複雑な感情を持て余していた、菱井の偽らざる心境であった。小野寺も或る種の関係者ではあるが、彼の声を聞いて菱井は何故か、幸福感にも似た気持ちの解れを感じたのだ。
以来、合宿から戻ってきて以降も小野寺は、菱井を呼び出すのに通話を選ぶ事が多くなった。伝えられる内容はメールと変わらず時間だけだし、ワン切りで澄まされる場合もある。尤も、この頃には菱井はもう、小野寺の週単位のスケジュールをだいたい把握していたので、いつ頃呼び出されるか予想が付けられるようになっていたのだが。
「優。来たぞ」
小野寺は顎をしゃくる一動作だけで、中にはいるよう菱井に促した。
(何か、編に緊張してるってゆーか)
果たして今日が、小野寺に抱かれる最後の日になるのか。
疑問系になるところからして既におかしい。互いにとってこれは契約の履行なのであり、問題が解決されれば当然、終わる事が決まっているのだ。
菱井は無言のまま、いつものようにリビングに通学鞄と制服のブレザーを放るとシャワーを浴びに行った。
それでも菱井の心の靄は晴れず悩んだ末、後からシャワーを浴びてきた小野寺がにベッドに入るときその双眸を覗き込んだ。
「優」
「どうした、良介」
普段と変わらぬ小野寺の、瞳。やはり菱井は北斗達の恋の成就の件を切り出す事ができず、「いーや、何でも」と誤魔化して視線を逸らした。
それを合図に小野寺の愛撫が開始される。
小野寺は巧い。
少なくとも、菱井の快楽を的確に引き出す術は心得ていると思う。
なのにどうして、心ばかり重くなっていくのだろう。
小野寺と関係を持ち始めた当初は身体を曝かれる感覚を追うのに必死だった。慣れてからもこれは契約だから、と割り切っていたはずだ。
何かがおかしくなり始めたのは小野寺が合宿から戻ってきてから――いや、クリスマスの夜からなのだと思う。
その理由は菱井には、わからなかった。否、解ることを拒んでいた。
「良介。聞いてるか」
情事が終わったあと、うとうとしかけている菱井を小野寺が小突いた。
「え? あ、何?」
「来週、両親が揃って休暇だと言ったんだ」
恐らく、年末年始休暇の振替なのだろう。小野寺の両親は共に非常に多忙でこの正月も休みが取れず、そのため菱井は冬休み中に何度かこの部屋を訪れていた。
「おじさんおばさん、旅行とかしねーんだ?」
「ああ。偶には家でゆっくりしたいそうだ」
小野寺の両親が家にいるという事は、つまりその期間小野寺は菱井を呼び出せない。いやそれ以前に彼は今日以降も菱井と関係を持つ気があるらしい――菱井はその事に、自分でも知らず安堵していた。
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