「今週末さぁ、うち親がいねぇんだよ」
教室にて、いつものメンバーで昼食中に北斗が言った。
「なに、旅行?」
「親戚の結婚式。九州だから泊まりになるってさ」
「じゃあ土曜とか遊び放題じゃん」
そう橘が言うと、北斗はそうなんだよ、と笑った。
「下田。こないだ買ったっつぅゲーム、もうクリアしたか?」
「当然。なに、天宮貸して欲しいの?」
「親に文句言われねぇで徹ゲーできる絶好のチャンスじゃねぇか。な、頼む!」
「肉まん三個で手を打つよ」
「やりぃ! サンキュ、下田」
――おいおい、と菱井ははしゃぐ北斗を横目に内心溜息を吐いた。
(緊張感とかそういうの、まるでゼロだなー……)
週末親がいないから、と言うのは恋人を自宅に引っ張り込む格好の口実だ。ましてや北斗と南斗は兄弟であり、普段から一つ屋根の下で暮らしている。そして、菱井の知る限りでは二人はまだ、一線を越えてはいない。
これで北斗が全く意識していないというならば、彼は相当、恋愛に関する感受性が鈍磨しているのではないだろうか――言うまでもなく、北斗は元からそうだった。この点については南斗に多分の責任があるのだが、想われる事に対して不信感の強かった北斗は、その方面に対する興味が薄いのだろう。
一方で南斗の方は、恐らくこの話を親から聞いた時から物凄く意識しているのではないだろうか。そう考えて菱井は、南斗が気の毒になった。この週末、南斗は本能と理性との葛藤で、さぞや苦しむ事だろう。
(恋人同士でエッチ、か――)
改めて考えてみると、それは菱井にとって遠い世界での事象であるかのように感じられた。
彼女を作るより前にキスも、男の立場ではあまり一般的ではないそれ以上の事も、経験してしまった。しかし今後、自分が女の子と結ばれる事を想像するのも菱井にとっては困難だった。
「はぁー……」
「菱井君、どうしたのかね」
やけにアンニュイだね、と緑川がカメラを構えながら言う。
「別に、特に意味はねーよ」
「そうかね? ボクはてっきりキミに春が来たのかと」
「ないない、それはない」
「確かにそーだけど、久保っちにだけは言われたかねーよ。愛しの副会長とはどーなったの」
く、と久保田が声を詰まらせる。まー進展無い方が久保っちのためだよな、と菱井は山口のニンマリ顔を脳裏に描きながら、思った。
「お兄ちゃん。今日は出かけないの?」
「あー、うん。たまにゃー家でダラダラするわ」
「ふぅん。ここんとこよく帰りが遅かったり、土日は出かけたりが多かったのにね」
確かにそうだと菱井は思う。放課後と週末は大抵、北斗と遊ぶか小野寺に呼び出されるかのどちらかだ。今日は、今頃北斗は南斗と二人きりの留守番中に下田から借りたゲームに熱中しているはずだし、小野寺からは月曜からずっと連絡が無い。
「可奈はなんか気合い入ってねーか?」
「これから友達と映画行くの。受験も無事に済んだしね」
そう語る妹の顔は生き生きとしていた。菱井自身、覚えがある。
「とか言って、本当はデートなんじゃねーの?」
「ちっ、違うから!」
慌てるさまはかえって怪しいのだが、菱井は優しい兄として、深く突っ込むのは止めてやることにした。
可奈子がリビングから出て行ったあと、菱井も自分の部屋に戻り、ベッドに寝転がった。そして手にしていた携帯電話を見る。
着信もメール受信も、あった形跡は無い。
「何で、来ねーんだろーな……」
それは菱井にとってはただの独り言であったが、それ以上に決定的な一言だった。
prev/next/Shotgun Killer/polestarsシリーズ/目次