INTEGRAL INFINITY : Shotgun Killer

「ねーえー、一人じゃ退屈だよ、遊んでよ」
「可奈! こっちの邪魔すんじゃねーよ」
「お兄ちゃんのけち!」
「別に良いだろう、可奈も混ぜてやれば」
「ったく、毎回毎回可奈だけには甘いよなー、優は」

【Track 08 : Killing My Love】

「菱井! ちょっと手握らせて!」
「次、私も!」
 クラスに戻ると、ぎらついた目の女子達が次々に、菱井の掌を触ろうとした。
「ちょっ、なにー!?」
「だって小野寺会長に握られた手じゃない! 間接何とかって奴よ」
 もし同じ女子だったら羨ましすぎて呪っちゃってたかも、と冗談交じりに彼女らは笑ったが、目は真剣そのものだ。男子達はそれを見て内心、怯える。菱井は硬直して女子達の為すがままにされていた。
「おい菱井、お前の人生で最大のモテ期だな」
 橘はそう言って菱井をからかった。数ヶ月前の菱井ならば素直に喜んだだろう。だが、今となっては菱井と彼女達は同じ立ち位置にいる――複雑な気分だった。

「菱井お前、やっぱ今日おかしくね?」
「……やっぱり?」
「何だよ、自覚あんじゃねぇか」
 北斗は菱井の持つ自在箒の柄を軽く蹴った。
「俺とかが何か言っても上の空だろ。寝不足っつっても放課後まで引き摺ってんのは無理ありすぎ」
 確かに北斗の言うとおりだった。小野寺に遇ったあと、自分が何をしていたのか菱井ははっきりとは思い出せない。彼の思考はただ、小野寺のほうにばかり向いていた。

 好き、という気持ちを自覚してしまったらどうすれば良いのか。

 普通、相手にアプローチするか思いを胸に秘めるかの二者択一だろう。淡い憧れ程度なら過去に覚えはあるものの、これが菱井にとって初めての明確な恋愛感情なのだが、自分の性格上何もせずに諦めるのは無理だと解っていた。しかし、自分も相手も男で、しかも小野寺は菱井にとってコンプレックスと対抗意識の対象だったのだ。小野寺とてそんな事は一度引っ越す前から承知しているだろう。だからこそ、今後どのような態度を取ればよいのか判らないのだ。
 更にやっかいな事に、二人の間には既に肉体関係がある。
 互いに利害関係が一致した上での、割り切った関係だ。今でも続いているのは惰性ゆえだが、そこに菱井の感情が介在した途端、向こうの方から断ち切られてしまう気がする。

「なぁ、菱井」
 北斗が、神妙な顔で言う。
「もし何か悩んでる事あんなら俺に言えよ」
 お前にゃ散々世話になったから、と北斗は僅かに笑んだ。

「前も言ったと思うけどさぁ、俺だってお前の親友だと思ってんだぜ」

「北斗、サンキューな」
 北斗の言葉は純粋に、嬉しい。だが菱井は、言った。
「けどさー、何か身体がだりーだけなんだよ。風邪引いちまったのかなー」
「菱井がか?」
「あー、ひでーよ北斗!」
――確かに菱井は悩んでいる。悩み始めている。しかし北斗にはその事を、絶対に告げるわけにはいかなかった。
 もし、相談するなら小野寺を好きになった経緯を白状しなければならない。それは北斗に菱井に対する負い目を感じさせる事に他ならなかった。
 菱井が小野寺に契約を持ちかけたのは、北斗に笑顔を取り戻させてやるためだ。そしてそれは自分にとって、入学式の日北斗に初めて出会った時からの願いだったのだから。
「……くしゅっ!」
 風邪を誤魔化しに使ったためか、本当に菱井はくしゃみをしてしまった。立て続けに数回、繰り返す。
「汚ねぇな、ほらティッシュ」
「わりー」
 北斗から渡された、外装の中で丸まったポケットティッシュで菱井は鼻をかんだ。

 

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 ポケットティッシュってどうしてああも丸まったり鞄の中に散逸したりしやすいんだろう。あと、紙の質は金融系が一番良いと思う。昔貰った携帯電話会社のは、ふかふかすぎて自分にはかえって駄目だった。