「その子、どんなだった?」
「悔しいけど凄く可愛かった。先輩もね、なーんか彼女の事すっごく大事にしてるって感じがしたよ」
「――俺、何やってんだ?」
気がつけば電車に乗っていた自分を菱井は、詰った。
学校から車内に至るまでの記憶は曖昧だ。このままいつもの駅で降りれば、小野寺の家へ。
だが、それで自分はどうするつもりなのか。例の彼女とは一体何だ、と小野寺に問い詰めるとでも言うのか。
(はは、自分でもすげー予想外……)
告白する、それで終わると決めた矢先にこれか、と菱井は自嘲した。見かけ上は都合の良い関係に差した、他の誰かの影にこれほどまでに動揺するとは思わなかった。
恋とは簡単に割り切れる物ではないのだと、北斗達を見ていれば解ってもよさそうだろうに。
目的の駅に着いても菱井は降りなかった。この辺りで最も大きい駅にでも行き、ゲーセンかどこかで遊んで気分を晴らそう。
恐らく自分はまだ、噂を信じたくないのだろうと菱井は思った。そして更に膨らむ不安に、苛まれた。
やはりゲームにも集中できなかった。元々菱井はゲームが得手の方ではないが、続ければ続けるだけ泥沼にはまりそうな予感に早々にゲーセンを後にした。しかし、まだ帰る気にはなれない。
(どっかでハンバーガーでも食ってこーかな)
ふらふらと街を歩き、適当に目についたファーストフード店に入る。レジ待ちをしていると、買い終わったばかりのカップルらしき男女が二階のフロアへと消えていくのが見えた。
間違いようがない。
二人とも、菱井の見慣れた後ろ姿だった。
まさかまさか、と菱井の顔から血の気が引いてゆく。嘘だよな嘘であってくれよと心が悲鳴を上げる。
菱井は自分の番が来るとシェイクだけ買って階上に向かった。階段を上りきったところでざっと座席を見渡し、窓際のテーブル席にやはり、推測通りの二人の姿を見つけて菱井は決定的な衝撃を受けた。
「すぐ、る……可奈……」
菱井は、窓際と階段からは死角になる席に座ってシェイクを持っているのとは反対の掌を固く握りしめた。爪が食い込むがその痛みは殆ど、感じない。
一瞬だけ見た小野寺の横顔は、穏やかで優しい笑顔だった。彼のそんな表情を、菱井は再会してから今まで見た記憶が無い。
(何で……可奈の奴、いつの間に優に会ったんだよ? 俺、可奈に優の事言ってねーぞ?)
そう考えて、可奈子が優と再会した唯一の機会に思い当たる。可奈子は受験の下見として惣稜祭に来ていたのだ。その時に小野寺と偶然鉢合わせたのだろう。
なら、どうして菱井にそのことを言わなかったのか――否、それは菱井自身が最も良く解っている。
菱井家では、小野寺の話題はタブー。
だから自分だって、小野寺が同じ学校の生徒会長になった事を可奈子に言わなかったではないか。
――しかし、小野寺は。
菱井は彼の口から可奈子と再会した事を聞いていない。ならば恐らく可奈子も菱井の事は知らないはずだ。小野寺には兄妹それぞれに黙っている理由が、無い。
(くそ……思い当たるのは一つっきゃねーよ……!)
菱井は席を立つと店を飛び出した。テーブルの上には口のつけられていないシェイクがぽつんと残されていた。
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