INTEGRAL INFINITY : Shotgun Killer

「良介。俺は親と一緒に外国に行くんだ。何年向こうにいるかは、わからない。だからどうしても、お前に」
「ん、んっ……」
「良介、気がついたのか? 俺の言うことが聞こえるか?」
「……」
「――憶えていろ、良介」

【Track 09 : Shotgun Killer】

「あれ? 菱井ー、菱井は?」
 朝のホームルーム時、座席を見渡した君島が菱井の席が空いているのを見て、言った。
「まだ来てないっすよ先生。休みじゃないんですか?」
「いや、特にそう言う連絡は来てないのよ。天宮! 何か聞いてない?」
 君島は、ごく当然のように北斗を名指しした。菱井の事なら北斗、北斗の事なら菱井、と言う認識が既に惣綾では一般化している事の証だろう。
「俺には特に何も……」
「じゃあ単なる遅刻かしらね」
 そう言って君島はホームルームの続きを執り行うと教室から出ていった。

 君島が教室のドアを閉めると、北斗は携帯を出して発信履歴から菱井の番号を選んだ。十コール程応答を待つが、菱井は出ない。君島の言うとおりただの遅刻であれば、取っても良さそうなのに。
 三ヶ年皆勤を狙う北斗とは違い、菱井はこれまでも何度かホームルームに間に合わなかった事があるが、どんなに急いでいても北斗からの着信を無視する事は無かった。いや、それ以前に信号待ち等の間に菱井の方から北斗に遅刻の旨を伝えるメールが送られてきていたはずだ。

(あいつ、一体どうしたんだ――?)

 恐らく返事は無いであろう菱井宛のメールを作成しながら北斗は、思う。胸騒ぎがする。
 菱井には全然大した事では無いという態度を取られているが、ここ最近彼の様子が何処かおかしい事を北斗は懸念している。その、北斗の知らない「何か」に彼は巻き込まれているのではないだろうか。
 一限目担当の教師が入ってきて、北斗はメール送信完了したばかりの携帯を制服のポケットに突っ込んだ。

「まだ帰って来ねぇ……」
 三限目終了後の時限休み時、北斗は携帯の画面を開閉すると溜息を、吐いた。
 電話であれば休み時間毎に掛けている。そちらにも応答があった試しがない。
「え? マジ?」
「この時間になっても来てないんじゃ、風邪か何かで休んでんじゃないの」
 橘が言ったが、次の授業を受け持つ君島が入ってくるなり放った言葉によって数分も経たぬうちに否定された。
「菱井? まだ来てない?」
「ど……どうしたんですか」
 不安に震える声で北斗が訊く。すると君島は眉を顰めた。
「家に連絡したんだけど、昨日学校から帰ってきてないらしいんだわ。天宮、本当に何も知らない?」
 え、マジ、と言う囁きが周囲から上がる。
「俺も、ずっと電話とかメールとかしてるんすけど、やっぱ全然反応無いです」
「菱井の奴、昨日は小学校時代のダチに会うって言ってたよな?」
 久保田の発言に、君島の顔が険しくなった。
「――とにかく、授業始めようか」
 教科書開いて、と言う君島の号令に皆は従ったが、教室内の空気はしかし変わらなかった。
(俺は、悩んだり困ったりした事全部菱井に言ったよな?)
 シャープペンシルを握りしめ、北斗は砂を噛む思いを、味わう。

(あいつはいつでも俺を助けてくれたのに、何で俺は頼って貰えねぇんだよ……!)

 北斗の焦燥に携帯は応えず、次の授業中も沈黙を保った。

「天宮。殆ど食べてないぞ」
 下田に指摘され、北斗は「あぁ」とだけ小さく言った。
「菱井君が心配で仕方ないんだろう」
 緑川の言った事を、いま教室で顔を付き合わせて昼食を摂っている皆はとうに了解していた。
「あいつ、一体何があったんだ……?」
「まさか例のダチとやらとバトって動けなくなったとか」
「不吉な事言うんじゃねぇよ久保田!」
 北斗が声を荒らげたその時。
 教室の扉が開けられ、隙間から覗いた顔に一組の生徒達の視線が集中した。
「菱井っ!?」
 北斗は殆ど形の変わっていないコロッケパンを机に放り出し菱井のもとに駆け寄った。彼は何かに耐えるような表情に脂汗を浮かべていたのだが。

「はよ、北、……と……」

 北斗と目が合うと菱井は安堵に顔を弛ませ――何かの糸が切れたかのように、倒れた。

 

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 大変長らくお待たせいたしました。10/11/09現在、Track 08終了から一年七ヶ月ものブランクを経て最終章の連載開始です。休載中、菱井はどうなるんだとの拍手コメントを複数頂きましたが、返信できずすみませんでした。菱井と小野寺との物語の結末まで、もう少しお付き合いいただければ幸いです。