INTEGRAL INFINITY : Shotgun Killer

 菱井が意識を取り戻した時、最初に認識したのは視界の端のカーテンレールだった。
「あれ、ここ――」
「菱井!? 気が付いたのか!?」
 すぐに北斗が菱井の顔を覗き込んでくる。その、形相の険しさに菱井は自分が今置かれた状況を理解できず戸惑った。
「俺、ちゃんと登校したんだよな……?」
「あぁ、中に入りきる前にぶっ倒れちまったから、俺と緑川でここまで運んだんだよ」
「え、そなの? わりーな北――」

「会長か?」

 かつて聞いた事の無いほど低い北斗の、声。
「お前をこんなにしやがったのは小野寺会長なのか!?」
 菱井は驚愕のあまり目を見開いた。北斗は今確かに「小野寺会長」と言ったのだ。
「なん、で」
「お前、さっき寝言で『スグル』って言った。それ会長の下の名前じゃねぇか。昨日お前が会うって言ってた『小学ん時のダチ』、条件会長にも当てはまるし」
 そう言うと北斗は辛そうに俯いた。そこで菱井は初めて、自分がブレザーを脱がされシャツのボタンを外されている事に、気付いた。
「うわ……!」
 身体を起こし視線を裸の胸に落とすと、菱井は頭から血の気が引くのを感じた。
 これを見られたのだ、北斗に。
「あいつ、痕は絶対に付けんなっていつも――」
 思わず呟いてしまい、気付いて慌てて口を塞ぐ。
「やっぱそうなん!? お前会長に、無理矢理――ッ!」
 菱井の両肩に手を掛け顔を歪ませる、北斗。
 ああバレちまったんだな、と菱井は何故か他人事のように思った。これまで懸命に守ってきたものが音を立てて崩れてゆくショックよりも、空虚が菱井の心を苛んでいるのかもしれなかった。とにかく、まずは北斗を落ち着かせなければならない。
「大した事ねーよ北斗。別に初めてってわけじゃねーし……」
「初めてじゃ、ねぇ? いつから? ――まさか!?」
 北斗の表情が驚愕のそれに、変わる。

「俺が会長の家に泊めてもらった時なん……?!」

 菱井は自分が言葉を誤った事を、悟った。北斗は人の心の機微には疎いが、決して愚かな質ではない。それによって北斗の中であの日の記憶のピースがかちりと填まり、あの日菱井の身に起きた事を気付かせてしまったのだ。
「なぁ菱井、お前ひょっとして、俺を匿うことをダシに会長に脅されたんじゃねぇの? だったら、俺、俺――」
 北斗の双眸に、見る見るうちに水の膜が盛り上がる。
「俺のせいで、お前が……っ!」
「ちげーよ!!」
 菱井は堪らなくなり叫んだ。あの日の翌朝からずっと恐れていた事が今、起きている。
「頼むから泣かねーでくれよ、北斗……お前にそんな顔させたくなかったから――お前に笑ってて欲しかったから、俺は自分で決めて優とヤッたんだ。だから北斗が自分を責める必要なんてこれっぽっちもねーんだよ」
「んなっ……そんなんで簡単に納得できるわけねぇだろ、ボケ」
 なおも自分の否を主張しようとする北斗に対し、菱井は敢えて笑顔を造ろうとした。流石に南斗のように巧くはいかなかったが。
「俺は平気だよ、北斗。あいつとは完全にギブアンドテイクで、お前と天宮南斗の問題が解決するまで優から情報貰ったり協力させたりしたしさー」
 テイクはいま言った通りだが、ギブは。
 菱井は刹那、言葉に詰まった。
「……あいつには、ちょうど良い身代わりが出来ただろーし」
「菱井」
「けど俺だって、もう止めるつもりだったんだぜ? そしたら何故かあいつキレてやがんの」
 菱井は乾ききった声でわざと笑ったが、北斗の痛ましそうな表情は変わらない。その、視線に耐えきれず菱井は身じろいだ。
「北斗。俺、ちょっと身体だりー……」
「菱井お前、熱あんだろ? ここ運んでくる時身体熱かったし」
「じゃー俺、暫く寝てるわ。北斗は教室戻ってろよ」
「……わかった」
 菱井は再び横になると布団を首まで掛け、目を閉じた。そして北斗が立ち去ったであろう頃合いを見計らい、呟く。

「俺、何で本気になっちまったんだろーな……――」

 

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 小野寺を頼ろうと決める直前の躊躇いとか、翌朝の菱井の不自然な態度や不機嫌さとか、その後急に放課後の都合がつかない場合が増えた事とか。>ピース