「――あの事故が起きた日、お前だけを祭りに誘ったのはどうしても伝えたい事があったからだ」
「え」
小野寺は菱井の顔を自分の方に向かせ、言った。話の始まりが思いも寄らぬ昔だったため菱井は驚く。
「親の海外への転勤が急に決まってな。その次の日には出発する事になっていた。だからあの時しか俺には機会が無かった」
それは菱井にとって初耳だった。突然いなくなってしまったと思っていた小野寺。しかし、彼は菱井に事情を報せてくれるつもりだったのだ。
「木に登ったのも出来る限り他人を排除したかったからだ。それで――言おうとした正にその瞬間、枝が折れた」
成る程それで小野寺は海外移住の話をする機会を喪ったのだろう。菱井は容態が安定するまでの間、殆どの時間意識を手放していた程の重体だったのだ。
「地面に倒れていた良介の肩には一緒に落下した枝が突き刺さっていて、夜目にも解るぐらい血が流れていて――それなのに俺は殆ど無傷に近かった。落下の瞬間お前に庇われたんだと即座に気付いた」
「そう言われればそうだった気、するけど……俺あの瞬間の事全然憶えてねーから……」
「らしいな」
だが俺は鮮明に憶えている、と小野寺は言った。男らしく整った美貌が辛そうに、歪む。普段決して見せる事のない表情であるだけに、その場にいる者達にとっては衝撃的であった。ただ一人山口だけが涼しい顔をしている。
「生きているか確かめようと何度も声を掛けた俺に、お前は一瞬だけ目を開けてただ一言」
――『俺の勝ち』と。
その後すぐに小野寺が大人達に事故を報せた為、菱井は病院に搬送されて緊急手術が執り行われた。病院には菱井家の一同の他、小野寺の両親も駆けつけたと言う。
「長い手術だった。永遠に続くか、そのままお前が戻って来なくなるかと思った……」
「優、お前――」
そこで小野寺は言葉を喪い、菱井を抱き締める腕に力を込めた。
「それでね、お兄ちゃん」
言葉を続けられなくなった小野寺の後を継ぎ、可奈子が語り始める。
「お兄ちゃんと一緒に落ちたって事で、当然優兄が事情を訊かれるわけでしょ? そうしたら優兄、言ったんだ。『全部俺のせいです。俺が無理に良介を木に登らせたから枝が折れたんです』って」
「マジ!? 優が!?」
治療費の件から小野寺家が全面的に責任を負ったのだろうと薄々気付いてはいたのだが、小野寺自身がはっきりと宣言していたとは驚きだった。
「で、登らせた理由も訊かれて、『良介に好きだと言うためです』って答えたんだよね?」
菱井は両目を限界まで見開き小野寺を、見た。小野寺はその視線を真正面から受け止め、しっかりと頷いた。
「あの頃から、俺に気に入られようと尻尾を振って媚びへつらうような真似を一切しない奴は良介だけだった。お前はいつも俺に負けまいと牙を剥いて真っ直ぐ俺を見る。お前がさっき言った通り、俺は良介のそう言う所に惚れたんだ」
「な……な……」
菱井は自分の喉がまた震え出したのを、感じた。決して起きるまいと思っていた奇跡は、とうの昔から菱井にもたらされていたのだ。
「殆どその通りの事を、優兄はうちのお父さんお母さんと優兄んちのおじさんおばさんに言ってたけど、優兄凄く堂々としてて……あれは子供心にもすっごく感動しちゃったなぁ。それで私、男同士でも恋が出来るんだ、って思ったのよね」
可奈子の嗜好を嘆くときの母が自分を見る理由に、菱井は漸く思い至った。
「あれ? 待てよ。それじゃーうちで優の話がタブーになったのって――」
「そうよ。自分の息子に一生後遺症が残る怪我をさせた挙げ句、その理由が本気で好きで告白しようとしたから、なんて躊躇いもなく言う男の事なんて、一刻も早く忘れちゃいたいに決まってるじゃない。お兄ちゃんにも教えるわけにはいかないでしょう」
私は違うからね? と可奈子は付け加えた。
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