「可奈子の言う通りだ。うちの両親の海外転勤が決まっていたのを良い事に、お前のご両親からは二度とお前に逢わないよう頼まれた。俺も、お前をそんな目に遭わせた以上、それが筋だと思って俺からお前を訪ねない事、自分からはお前を探さない事を約束した」
「そんな――」
小野寺の腕の中、菱井は青褪めた。小野寺にとって「約束」は絶対だ。彼は怪我の件を負い目として菱井を諦めるつもりだったのか。
「それで、いよいよ病院を出なければならない時間になって、俺はお前と二人だけで逢わせて貰えないかとご両親に頼んだ。手術は成功したと言ってもお前は昏睡状態から目覚めていなかったし、これで最後だからという慈悲で許可をくれた」
菱井の脳裏に霞んだ病室と人影の映像が、浮かぶ。
「俺……あの時初めて意識を取り戻して――」
「ストップ!」
その時、山口が唐突に話を遮った。
「優ちゃん、肝心のもう一つの『約束』の事を先に良介ちゃんに教えてあげなきゃ」
「――もう一つの、約束?」
「ああ……お前の家族の感情を考えれば二度と逢うべきではないだろう。だが正直、俺はこのまま良介を諦めたくなかった。だから一つだけ例外を認めてくれるよう頼んだ」
約束した事は絶対に守ります。
でも、偶然遭った場合だけは許してくれませんか。
もし、それまで俺の気持ちが変わらなかったら。
その後も良介を好きでいる事を赦して下さい。
「子供の言葉だと思って軽く見られたからだろうな、聞き入れられたのは」
「ねぇ良介ちゃん。優ちゃんがあのアタマの良さで何で惣稜に入ったか、わかる?」
山口の問いは、普段と同じ軽い口調の中にそっと見守るような優しさを含んでいた。
「そーいや、何で――」
「昔、お前が商店街にいる惣稜生を見て言っただろう。絶対にあの学校に入る、と」
一体自分は一日に何度驚けば良いのだろうかと菱井は、思う。
では小野寺は、ただ菱井を待つ為だけに――。
「良介が惣稜に入るかどうかは最初で最後の賭だった。そして――お前はここに来た」
「す、ぐ――優」
菱井はおずおずと小野寺の背に腕を回した。その様子を見て、山口と可奈子、そして北斗がそっと生徒会室から出ていく。
「優、優……これってマジ? 夢じゃねーよな?」
「当たり前だ」
小野寺は、またも溢れ出した菱井の涙を親指の腹で拭った。
「ちくしょー……もっと早く言えっつーの……可奈との事も隠しやがって」
「可奈との『約束』だったからな。それに、でないとお前が警戒して可奈が情報収集出来なかっただろうが」
何処か拗ねたような小野寺の口調が可笑しくて、菱井はつい吹き出してしまう。
「俺の情報、って。お前まるでそれ恋する乙女みてーじゃね?」
「かもな。お前が『俺の勝ち』と言った瞬間から――いや、そのずっと前から俺は良介に負け続けている」
「優……」
「昨日は本当にすまなかった。お前があの最後の『約束』を憶えている思って、それでお前の気持ちを知った気になっていたから、拒絶に逆上した――俺の落ち度だな、良介に一度も直接言わなかったのは」
そして小野寺は、両手で菱井の頬を包んだ。あと少しで唇が触れる距離で、囁く。
「愛している、良介。改めてあの『約束』を俺に果たさせてくれ」
「だーかーらー、それ本当は何なんだよ。俺ちゃんと憶えてねーんだろ? 教えてくれよ優」
菱井の問いに小野寺は答え、菱井は心底から幸福そうな笑顔で頷いた。
「ああ。俺もお前が好きだから、喜んでお前にそうさせてやるよ」
それが合図となり、二人は最後の距離を詰めた。
『憶えていろ、良介。俺は一生お前のものだ』
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