INTEGRAL INFINITY : Shotgun Killer

「――やる気はあるのか、お前は」
「いて!」
 まだ冷たい、コンビニのビニール袋から出されたばかりのスポーツドリンクのペットボトルでこめかみを小突かれ、菱井は渋々ガラステーブルから頭をもたげた。頬の下にあったのは、開かれたノート。
 そして、菱井は耳からイヤホンを外しながら言う。
「だって、どーせ俺一人じゃわかんねーもん」
 その言葉に、小野寺はあからさまに溜息を吐く。
「少しはお前の親友を見習って自主的に勉強しようとは思わないのか」
 期末試験まであと何日だ、と言われ菱井はぐぅ、と喉を詰まらせた。

「だ、だから恥を忍んでお前に教えてもらおーと来てんじゃねーか、ここに」
「高くつくからな。利子もこちらの思う存分付けてやる」

 小野寺が、にやりとあの人の悪い笑みを浮かべる。菱井は一瞬眉をしかめると、横に座った小野寺の肩を掴みやや乱暴にキスをした。
「利子! いいだろ!」
「――駄目だな」
 あの日生徒会室で「約束」を新たにしたことで、今度こそ――小野寺から見ればだが――恋人同士になったはずの二人ではあったが、何だかんだで互いの態度は以前とさして変わりがない。
 菱井の両親には、小野寺の事は未だ秘密だ。いつ話すかについては、その後の将来を考えればより一層慎重にならざるを得ないだろう――可奈子と言う理解の有りすぎる協力者は現れたが、正直別の意味で不安である。

 菱井の外したイヤホンからは、彼が聴いていた曲が漏れている。

「何を聴いていたんだ?」
 小野寺が気まぐれにイヤホンを摘み上げ、耳に近付ける。
「良く聴こえてくる奴だな」
「あー、判る? それ日本語版だけど、俺原曲の方着メロにしてるからさー」
 小野寺は暫くその曲に耳を傾けると、「歌詞が違うな」と言った。
「え? そうなん?」
 驚く菱井に、小野寺は二度目の溜息を、吐いた。
「……音楽の趣味の割には、良介のリスニングの成績は低いと思っていたが」
「ちょっ、何でんな事知ってんだよ!?」
 確かに、惣稜では定期試験の順位は公表されるが、得点の内訳は本人か教師でなければ判らないはずだ。
「まさか――優お前、生徒会長特権で俺の成績調べたとか言うんじゃねーだろな!?」
「さぁな」
 小野寺はイヤホンを机の上に転がすと口の片端を吊り上げた。これはもう、肯定したも同じである。
 菱井は腹の底から怒りが込み上げてくるのを感じたが、自分の三学期の成績は小野寺の手に掛かっていると言っても過言ではないので、苦労しつつも押さえた。

 この、屈辱感を克服するには小野寺を利用した上で最大限の成果を上げるしか、無い。

 実のところ小野寺の挑発は、そのような菱井の性格を読んでの事だったのだが、菱井には知る由も無かった。
 その時、何の偶然か菱井の携帯電話が着信音を奏でた。イヤホンから漏れているのと同じメロディで、だが英語で歌われたサビが流れる。
「もしもし? あ、北斗? すまねー、俺いま優んちいるからさー……あーうん、じゃーまた明日な」
 菱井が通話を切ると、小野寺は僅かに面白くなさそうな顔をしていた。最近菱井は、普通なら気付かないであろう小野寺の表情の変化を読めるようになってきている。
「まさか続けてそっちも聴くことになるとはな」
「そーいや優、着メロだけで歌詞聞き取れるってすげーな。ここ何て言ってるん?」
「『お前は俺を決して諦めない』、そんな感じだ」
 そう、告げた小野寺の瞳が思いの外優しくて菱井の鼓動が、跳ねた。
「……そっか、そりゃー良いな、優みてーで」
 だから自分はこの歌が好きだったのだろうか、と菱井は自分でも馬鹿としか思えないような事を、考えた。
「お前の方はどうなんだ?」
 小野寺の指が菱井の顎を、挟む。彼の双眸を真正面から菱井は見据える。

「そうされてーなら優、あの『約束』通り俺を一生離すなよ。俺も一生逃さねーから」
「言われるまでもない」

――そして二人は、互いを打ち抜くと言わんばかりのキスを、交わした。

 

fin.

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 まずは、完結まで四年二ヶ月も掛ってしまった事を深くお詫び申し上げます。
 全ての元凶は何よりも並列処理の出来なくなった自分なので、始まりの頃から読んでくださった方々や、拍手コメントで「続きは?」と仰ってくださった方々には本当に申し訳なく思っています。

 この「Shotgun Killer」は、シリーズのベースである「polestars」や既に経緯自体は判明していた「doublestars」とは違い、番外編や小ネタ等で「菱井と小野寺は付き合っている」と言う結果とそれによって仄めかされる付き合う前に関する伏線がのみがばら撒かれた状態で始まると言う、読者様にとっては親切なのか不親切なのかよくわからない代物でした。しかし、それ故に「polestars」以上に連載前からはっきりと話の枠と結末であるTrack 09の内容――そして、最終シーンであるこのTrack 09-09が明確に定まっていた為、後になるにつれ酷い事になっていくブランクにも関わらず、何とか途中放棄せずに完結させる事が出来ました。
 ですが、やはり全ては期限未定の休載を積み重ねても関わらず応援してくださった方々のお陰です。本当に有難うございます。

 Track 09-01でこの章を物語の結末と言いましたが、勿論北斗と南斗の話同様に、ここで「終わり」ではなく、正式な続編の予定こそありませんが、既に発表済みの番外編等へと続いていきます。

 最後に重ねてではありますが、「Shotgun Killer」を読んで下さった全ての皆様に心より御礼申し上げます。

2010/11/17